2016年度年次大会報告

2016年度の年次大会について

■研谷 紀夫

 今年度の年次大会は2016年6月11日と12日の両日に、奈良国立博物館で開催された。1日目のシンポジウムである「文化財と写真 〜現物と複製 その境界を越えて〜」の基調講演では、日本大学教授の高橋則英氏によって文化財が写真に写されてきた歴史と、その写真自体が文化財となっていく過程が解説され、文化を未来に継承させる上で、写真が担う役割の広さが改めて示された。また東京国立博物館の田良島哲氏による講演では、博物館における文化財写真の変遷と、「もの」としての位置づけ、そして撮影に関するドキュメンテーションのあり方などが説示された。
そして、堀内カラーの川瀬敏雄氏による報告では、文化財撮影において、現物の真正性を担保していくための基準や留意点などが述べられ、さらに、日本写真印刷コミュニケーションズの中上喜夫氏による報告では、撮影された文化財写真を印刷する手段として、近年増加するデジタル印刷の可能性が解説された。
後半では、奈良国立博物館の宮崎幹子氏より仏教美術資料研究センターと文化財写真アーカイブズについての解説がなされ、その後同氏と嘉数周子氏による解説で、センターの見学会が実施された。また最後のパネルディスカッションでは文化財写真をめぐる「コト」と「モノ」をめぐる討論がなされた。
さらにシンポジウムの後は野上紘子記念アート・ドキュメンテーション学会賞・推進賞授賞式が行われ、小山高等工業専門学校准教授の豊川斎赫氏が学会賞を、リアス・アーク美術館が推進賞を受賞した。そして翌12日の午前中は、公募研究発表会が開催されて7件の発表が行われた後、午後には総会が例年通り開催された。
年次大会が東京以外で開催されるのは2013年の金沢での大会以来3年ぶりであったが、大会の参加者は両日でのべ227名となるなど、多くの方が参加した。特に今回は非会員の方や、西日本在住者の参加者も多く、充実した大会となった。

(とぎや のりお 関西大学)


2016年度JADS年次大会・総会
第10回野上紘子記念アート・ドキュメンテーション学会賞・同推進賞授賞式

 今年で第10回を迎えました標記の賞は、2016年4月28日に選考委員会(委員長:慶應義塾大学名誉教授 鷲見洋一、於:東京国立近代美術館)を開き、会員のみなさまより推薦いただいた候補から選考を行った結果、下記の通り、2件の表彰を決定いたしました。
授賞式は2016年6月11日(土)第27回(2016年度)アート・ドキュメンテーション学会年次大会(於:奈良国立博物館)において執り行いました。学会賞受賞の豊川斎赫氏、推進賞受賞のリアス・アーク美術館から学芸係長 山内宏泰氏がご出席くださり、鷲見委員長から講評の後、前田富士男会長より賞状とトロフィーをお贈りしました。
会員のみなさまには、次回以降も積極的なご推薦をいただき、同賞のさらなる発展にご協力をお願いいたします。

【学会賞】豊川斎赫氏
『丹下健三とKENZO TANGE 』および『 TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三 』での建築家丹下健三に対する二つの対照的なアプローチに対して

授賞理由
豊川斎赫氏が建築家丹下健三について刊行した2冊の書物は、際立って対照的な2つのアプローチが特色である。
インタビュー集『丹下健三とKENZO TANGE』(2013年)は、丹下の弟子や協力者49名にインタビューするという「オーラル・ヒストリー」の方法を採用する。強い個性を周辺の「群像」によって浮き彫りにすると同時に、個性を囲む環境や時代や社会への意外な見通しまでをも約束する。
一方、『TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三』(2015年)は、丹下が建築物を中心とするさまざまな被写体を撮影したフィルムを選んで構成されている。ここでも丹下自身は不在でありながら、多様な風景や対象を選んで切り取る一個の「眼」と化した個性が炙り出される仕組みである。
どちらの書物も丹下という多面体を対象とする独自のドキュメンテーション・ワークであり、学会賞を授与するに値する業績として評価される。

受賞のことば
本日はアート・ドキュメンテーション学会賞をいただき、誠にありがとうございます。普段は学生相手に建築を教えつつ、建築の設計に取り組んでおりますが、その傍らで丹下健三先生に関する研究を細々と続けてまいりました。
その過程で、丹下先生のお嬢さんである内田道子さん、丹下研究室OBの皆様をはじめとして様々な方と出会い、今回の受賞対象となりました2冊の書籍の出版社であるオーム社、TOTO出版の方々のサポートをいただけました。特にオーム社から出た『丹下健三とKENZO TANGE』は丹下生誕100年を記念したインタビュー集であり、TOTO出版から出た『TANGE BY TANGE』は丹下没10年、TOTOギャラリー間25周年を記念して出版された書籍です。
今回の受賞の一報をいただいた際、3年前に『東京国立近代美術館60周年史』が選ばれた賞と知り、オーム社、TOTO出版ともども大変驚き、大いに盛り上がったことをご報告いたします。本日は誠にありがとうございました。

【推進賞】リアス・アーク美術館
「東日本大震災の被災生活者の観点にたつ調査記録作業とその展示活動」 に対して

授賞理由
リアス・アーク美術館は、2011年3月11日の東日本大震災の直後より同館の立地する宮城県気仙沼市と南三陸町における被災状況の調査・記録を開始し、被災現場撮影画像約30,000点ほか厖大な資料を約2年間にわたって蓄積した。
こうした活動は被災地各地の多くの文化施設、あるいは「文化財レスキュー事業」関連の公的機関によって実践されたが、リアス・アーク美術館は「被災者による被災者のための表現」との独自の立場から作業に取り組んだ。その「博物館=生活者」の理念と実践、そして成果は特筆に値する。
活動成果は、2013年4月からの同館内の常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」、および国内巡回展と同展カタログに端的に示された。この活動は、現実生活の記憶と資料ドキュメンテーションとの連関、また資料分析とナラティヴな展示との解釈学的接続など、博物館・美術館活動の本質を見据えつつ、ありうべき同館の近未来の発展を予示してやまない。ここに推進賞を授与する次第である。

受賞のことば
本日はこのような賞をいただき、ありがとうございました。
私たちが2011年3月以降に経験してきたことを伝えるためには表現が必要だと考えてきました。東日本大震災は複雑多岐に渡る精神的な現象、文化的な現象であり、単なる記録資料の羅列では全体像を捉えきれない、未だ認識ができていない未確認の出来事です。
私たちが現実と認識できる出来事は自分自身の人生経験に照らし合わせ、同一と思われる経験が過去に存在する出来事に限られているかもしれません。自身の経験の範疇に収まりきらない、あるいは全くもってあてはまらない出来事であった場合、私たちがそれを事実・現実として認識することは非常に困難です。経験がなく認識困難な現実を認識可能とするため社会は常に安易な物語を借用し、その脈絡で出来事を認識・確認しようとします。そしてそのようにして誤解された物語がやがて一般的歴史事実であるかのように固定されていきます。
東日本大震災についても私達被災地の被災者が認識している現実から乖離した安易な物語が流布され、そのずれを知る私たちは精神的苦痛を強いられてきました。
博物館展示においては科学的に証明可能と判断された客観的事実が、バラバラな単語で文脈も提供されないまま、美しく仕立てられたケース内に保管、提示されている状況が見られます。専門家が観覧するのであればそれでも問題ないかもしれません。しかし、一般観覧者がそのように提示されている資料群を見て、共感可能な文脈を想定し、自力で物語を紡ぎ上げることは非常に困難です。
特に東日本大震災という出来事を理解、共感する上では、資料に加えて多くの対話が必要となります。人を動かすこと、未来を変えることを主題とした当館の展示では、観覧者が主体的に共感、分有可能な日常の延長上に存在する被災の物語が不可欠でした。当館の常設展示に対しては現在、否定的なご意見、疑問の声を耳にすることもありますが、私たちが試みた展示、今回の選評の言葉を借りるなら、ナラティヴな展示がこのような形で評価されたことは非常に大きな意義があると受け止めています。
理解を超えた現象を論理的に理解するためには想像力が必要であり、理解を可能にするメタファー、物語、相似の経験が不可欠だと考えています。
そのような理念を形にした当館の試みとその意義をご理解、評価いただけたことに、この場を借りて深く感謝の意を表したいと思います。
大変ありがとうございました。