第2回(2008年度)野上紘子記念アート・ドキュメンテーション学会賞・推進賞
■加治 幸子 氏 (元東京都美術館司書)
- 『創作版画誌の系譜 総目次及び作品図版 1905-1944年』(中央公論美術出版, 2008) の業績に対して
- 受賞理由
本書は創作版画関係の逐次刊行物、いわゆる版画同人誌や連刊版画集、版画研究誌、版画団体の 機関誌まで含めた111種(延べ912号)を収録して、明治38年から昭和20年までに刊行された創作版画 誌の目次及び作品図版(9000余点)を1115p.の大冊として目録化したものである。そもそも少部数の発 行で、極めて限られた同人の中で頒布される資料であり、現物確認の困難は想像を越えるが、その難 しさを越えてまとめられた本書は、今後日本近代版画史研究にとって最も基礎的な参考図書になるも のである。
- 受賞の言葉
本日はアートドキュメンテーション学会賞をいただきましてありがとうございました。
受賞のお話をいただいた時に、学会員でもない私がこの賞をいただいてよいものかと迷いました。しかし、考えてみますとこの本は私一人で作ったのではありません。
編集者の森さんをはじめ中央公論美術出版、それに版画家やその遺族の方々、所蔵家の方々、そして美術館や図書館のご協力があったからこそ、出版できたと思っております。この学会賞を受賞することによって、皆様のご好意に報いるのではないかと思うようになりました。
この「創作版画誌の系譜」が上梓できたのには、いろいろな出会いがあったと思います。
最初の出会いはもちろん版画誌という資料との出会いです。今では近代版画の展覧会には必ずこれらの版画誌が展示されるようになりましたが、25年前には学芸員の方でも版画同人誌について詳しい方は少なく、そんな時期にこういう資料の存在を知ることができたことです。
2つ目は編集者森登さんとの出会いです。ご存知の方も多いかと思いますが、彼自身も日本の銅版画や石版画の研究者です。以前に面識はありましたものの、彼の著作を読んだ時に、もし版画誌の本を出版できるなら、編集を頼むのはこの人しかいないと、ラブコールを送りまして、それに応えていただけたことです。もし、彼との出会いがなかったら、こんなに厚い、こんなに重たい本にはならなかったと思います。
3つ目は版画研究の仲間たちとの出会いです。私は司書であって版画の研究をする者ではありませんでした。それでも、仲間に入れていただき、新タイトルのこと、所蔵者のこと、解題の助言など身にあまるサポートしていただきました。
振り返りますと、今日受賞されました中島さんと東京都美術館図書室で一緒に、働いていた時分から、続けてきた版画誌の調査です。近代版画研究の基礎資料集になればとの思いから始めた調査です。その間美術館の勤務を離れ、日比谷図書館にもどりましたので、仕事上は版画誌との関係もなくなりました。自分の時間を使い全国を回って、調査していくことは今から考えても大変なことでした。それでも続けることができましたのは、私が版画好きであったこと、それも創作版画が好きだったということが根元にあったからです。それに編集者や版画の仲間、そして家族など、たくさんの人に励まされ、支えられて、ここまでくることができたのだと思っております。
この場を借りて、あらためてこれらの方々に感謝いたしまして、受賞のあいさつと致します。 ありがとうございました。
■木村 三郎 氏 (日本大学芸術学部教授)
- 美術史研究者の立場におけるアート・ドキュメンテーション活動、教育、研究、また近年のオウィディ ウスの『変身物語』プロジェクトにおける研究統括、デジタル・アーカイブ構築(http://ovidmeta.jp/) など一連の業績に対して
- 受賞理由
木村三郎氏は、美術史研究者の立場からアート・ドキュメンテーションの重要性について深く認識し、 本学会の前身であるアート・ドキュメンテーション研究会創設に大きな影響を与えるとともに、爾来、幹 事、評議員として会の発展に大きく貢献した。研究会から学会への展開も同氏の提言に負うところ大で ある。他方、勤務先大学の図書館における西洋美術関係参考図書類の選書・収集に並ならぬ熱意を 傾注し続け、極めて質の高いコレクションを形成しつつある。さらに同大学大学院における美術史教育 において、とりわけドキュメンテーションの重要性を説き、若い研究者を多数育成しつつあることは、他 の追随を許さないユニークなドキュメンテーション活動の推進ということができる。なお、近年「17世紀フ ランスにおけるオウィディウスの挿絵と絵画の関係についての総合的研究」などにおいて学芸員・研究 者等を統括し、デジタル・アーカイブ構築などの実践に当たっていることも評価に値する。
- 受賞の言葉
この度は、推進賞をいただき、学会関係各位の御好意に深謝しております。 小生の長年の仕事にご評価をいただいたことの感謝として、若干、昔話をさせていただきます。思い返しますと、二十数年年前のことです。波多野宏之氏とお茶の水にあった日仏会館で出会い、研究会を立ち上げました。1970年代の後半に、パリのポンピドー・センターが開設され、我々はそこに実現できたドキュメンテーションの水準に強い感銘を受けました。それをわが国でも実現することを共通の高い理想として掲げ、互いに車の両輪としてやって参りました。
それよりも少しばかり前でしょうか、千葉成夫氏とともに日仏美術学会を再建した時期とも重なるのですが、それらはともに、我々の全共闘世代が「お茶の水カルティエ・ラタン」と呼んだ場所で行った、一つの文化運動だったともいえます。
話はさらに遡りますが、明治40年前後に、上田敏、永井荷風、高村光太郎、石井柏亭などの美術家と文士たちが集った「パーンの会」といわれる新帰朝者たちの集団がありました。雑誌『方寸』に集って優れた仕事を残した人たちです。隅田川の河岸が大川端と呼ばれていた頃ですが、彼らは、ワイン片手に隅田川をセーヌに喩え、洋行体験の熱き青春の思い交換していました。そうした歴史を思いますと、どうも我々のやった仕事は、ボトルを開ける場所をお茶の水に移した「遅れてきたパーンの会」だったようです。
なお、オウィディウスのデジタル・アーカイブは、私は統括を担当しただけで、小野崎康裕(川村女子学園大学)、栗田秀法(名古屋芸術大学)、新畑泰秀(横浜美術館)、鯨井秀伸(愛知県立美術館)の各氏との、二十年来の共同研究であったことを明記させていただきます。
■中島 理壽 氏 (美術ドキュメンタリスト・国立新美術館参与)
- 美術ドキュメンタリストとしての長年にわたるアート・ドキュメンテーション活動,とりわけ書誌・年譜等 編纂に関わる一連の業績に対して
- 受賞理由
2007年末に『美術家書誌の書誌 : 雪舟から束芋、ヴァン・エイクからイ・ブルまで』(勉誠出版)を公刊さ れた中島理壽氏は,日比谷図書館を経て1975年,東京都美術館において日本で最初の公開美術館 図書室の開室・運営に従事されて以来、一貫して美術分野の書誌・年譜等の編纂に力を注がれ、1986 年からは美術ドキュメンタリストとして独立、一層その仕事の幅を広くして今日に至る。近年は、多摩美 術大学芸術学科非常勤講師,国立新美術館客員研究員・参与をつとめられて、後進の指導に当たら れながら、書誌等編纂の具体的成果をもってアート・ドキュメンテーションの活動を広く世に示した功績 は、推進賞にまさにふさわしいものとして推薦する。
- 受賞の言葉
本日は立派な賞を頂戴しまして、推薦者の方、審査委員の方、そして関係者の皆様に 厚くお礼を申し上げます。
昨年、「横断検索」を運営する連絡会がこの賞を受賞したのを聞いて「とてもいい賞が できたな」と思ったのですが、まさか今年受賞するとは思いもよらないことでした。 今回の授賞は、私個人にとって非常に名誉なこととうれしく感謝の気持ちで一杯です。 ただ、私のような仕事が成り立っているのは、作家をはじめ、美術商・画商、編集者、 出版社やカタログ制作会社の人たち、美術研究者、そして美術館や機関の人たちなど 多くの方々の応援があってこそのことです。展覧会開催はもとより、作品集や年史の 刊行など機会があるたびに原稿依頼をしてくださる好意の積み重ねがあっての30余年 であったわけです。アート・ドキュメンテーションという言葉は知らなくても、その 内容には一定の理解があったからなのです。ですので、今回の受賞をこれらの方々に 報告して、共に喜びたいと思っています。
そうは言うものの、編纂の仕事は力仕事そのもの、格闘技のような側面があります。 これから先、ボロボロになった体を考えると、幾つの編纂物を作れるかわかりません が、今回の受賞を励みにして、アート・ドキュメンテーションの可能性の追究を続け て行こうと思っています。